インドには、前からかなり興味持っていましたが、行った方々(個人旅行)の話を聞く限り印象としては、
「暑い、汚い、体調を崩す、しつこい、ボッタクリ、でもハマる。」こんなコメントだらけ・・・

結果として「面白ろそうだけどちょっと怖いし、私には行けない国」だと思っていました。
しかし機会は突然訪れたのです。友人2人と海外旅行にでも・・・と相談をしていた時、
仲間から発せられたひと言「インド!?」に、何となく3人の気持ちが一致して、行き先が決定しました!!
そう、この時(2009年、夏)私達はインドに呼ばれたのです。(インドは呼ばれた人が行くそうなので・・・??)

しかしとっても残念だった事が1つ。仲間の1人が出発当日、空港まで行きながら、
体調不良を訴え、空港の診療所で「新型インフルエンザ」と診断され、リタイア!!
時間外の高い診療代を払い「タミフル」を処方された彼女に出発ゲートまで見送ってもらったのでした・・・

彼女は、チケットから旅のルート、行程表作り、全てを手配してくれた「旅のリーダー」でした。
私達は、そのリーダーを突然失った形で旅が始まってしまったのです。
ワクワクした海外旅行気分から一転、「インドに8日間放り出された。」ような気分で
年末年始に掛けて(2009年12月27〜翌1月3日)心細〜いながらも2人で行って来ました。


今回のルート情報
◎ 時差 → 日本より、3時間30分遅れ

◎ レート → 1ルピー、約2円

◎ デリー → バナーラス、 寝台列車、約13時間

◎ バナーラス → アーグラ、 寝台列車、約18時間

◎ アグーラ → デリー、 バス、約5時間

※ 個人旅行の強〜い見方。「地球の歩き方」


27日PM11時頃、デリーにあるインディラーガーンディー国際空港に到着。夜の到着に不安があったので
日本で 事前に送迎と宿を予約していたので、迎えが来ていて宿まではスムーズ来られました。
宿はニューデリー駅から徒歩15分、メインバザール近くにあり、買い物や市内観光に便利です。

1階ロビーは、受付&旅行会社になっていて、オーナー自らが接客します。彼は、ヒンドゥー語、
英語、日本語を使い分け、なかなかのやり手です。(他の言葉も使えるかもね?)

チェックイン時に、旅の行程を聞かれ、あれこれと説明すると、沢山のアドバイスを頂きました。
そして、「困った事や自分達でできない事があったら、相談して下さい。私が手配しますから!!」
勿論、旅行会社ですから当然ですが、インド人(生の声)からのアドバイスは、旅の全てを
自分達で決めて行動する個人旅行の自分たちにとってこんなに心強い事はありません。
お礼を言うと、「人に良い事をすれば必ず返ってくるんです。」と、オーナーはまるで
日本人かと思うような発言。「評判が良く投稿多数」、後にガイドブックで記事を見つけ納得です。

下の写真はホテルロビーです。センスの良い綺麗なシャンデリア。部屋の装飾品や、
照明も可愛いらしいデザインでした。ステンドグラスかどうかは不明です。インドですから!!


部屋はこんな感じ。ここでの支払いは日本円で、一人当たり、1泊900円、空港→ホテル送迎代500円



28日、朝8時。 今夜の「バナーラス」行きの寝台列車のチケット購入する為、ニューデリー駅構内にある
「外国人専用チケットオフィス」に行きました。チケット購入後は、夜まで自由時間です。駅前の食堂街で朝食。
見た目がドーナツやお好み焼きみたいな物ばかりで、イメージしていたナンやライスが見当らずカレーは辛味が少ないし、
食パンが置いてあったりと、何か違う〜?後で知りましたが、朝ごはんにはあまり、ナンやライスを食べないそうです。


インド庶民の足、「オートリクシャー」に乗って市内観光に出発です。買い物から、リクシャーに
至るあらゆるものが、交渉制なのは本当に面倒です。行き先を告げ、料金交渉が済んでいるのに
「どこから来た?」「俺のリクシャーで観光しないか?」と降りるまでずーと口説かれっ放し!!
着いたばかりで不安な私達の心を知ってか知らずか、ご丁寧にリクシャーを止めて、写真を撮ってくれ
街の説明をしてくれ親切でもある。インド人にとって私達は日本から来た、「イイ・カモ」ですからね〜。

宿泊した宿前の通り。         リクシャーのオヤジが撮ってくれたが「警戒心バリバリの笑えない二人!!」


ムガル帝国の皇帝の墓。皇帝フマユーンの死後、王妃により赤砂岩と大理石で建てられたお墓です。(世界遺産)。
タージ・マハルのモデルにもなった美しいイスラム建築です。敷地内にはいくつかの建造物があります。
入場料250ルピー(500円)

・・・・・・・・・・・・・・ 入って直ぐに最初に見かけた、城跡のような「門」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「イサ・カーン廟」 


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「イサ・カーンモスク」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 内部を歩くワタシ。


 フマユーン廟への入り口の門。      フマユーン廟内は階段が多く、しかも急で物凄い段差なんです。


「フマユーン廟」  建物内部は、電気の無かった時代に朝日や夕日がちょうど差し込むように
計算して造られているそうです。内部の窓と思われます?いろんな形に見えるからオモシロイ!!


次に目指す「インド門」までは徒歩で。 移動中、お祭りで練り歩いている集団に呑み込まれました。
笛や太鼓、馬や牛、オカマあり、と賑やかで、綺麗なサリーを纏った女の子達が印象的でした。


「インド門」 第1次世界大戦で戦死した兵士の慰霊碑です。壁面には戦没者1万3500人の名前が刻まれています。
周囲は鎖で囲まれていて、守衛の警官が見張りをしていて、くぐったり入ったりはできません。


もう1箇所行きたかったのですが、この後に乗ったオートリクシャーに騙されてしまい、何処だか分からない
シルク屋の前で降ろされ、お店に連れて行かれそうになり、もめた結果その場を立ち去るしかありませんでした。

もめると、心配しているのか、気になるのか、どこからとも無くインド人が、沢山集まって来る。「どうしたの?」
「何処に行きたいの?」と、ずーと付いて来るしまつ!!仕方が無いので、「ココに行きたい」と地図を見せると
「コッチだよ、付いて来な!!」 って今、騙されたばかりで付いて行けるかっ!!って言うか付いてこないでっ!!

やっとの思いで追い払うも、もう30分位は経っている。地図と睨めっこしながら現在地探しが続き、気がつけば
空は暗くなり始め、道路は夕方の大渋滞。たった今、嫌いになったリクシャーに乗りたくても空きが無い。
不安と焦る心を落ち着かせ、頭を切り替えて、地下鉄乗り場を探し、何とか宿まで帰えりました。

リュックを背負いよいよ旅立ちです。駅に向かう途中、列車の中で食べようと、朝食時にも立ち寄った
バナナ屋さんで、再びバナナを買いました。しかし朝は2本で、4ルピーだったのに、夜は何故か10ルピーだと言う!!
オヤジに文句を言うと、「コレは大きいんだよ!!」まぁ、言われてみれば、朝のより は少〜し大きい。倍の値段は
変だと思うけど・・・購入。それに言わせて貰うと、朝は5ルピー払ったら、お釣りの1ルピーを返してくれなかった。
「お釣りを返せ」と言いたかったけど、1ルピーにこだわるのもどうかと諦めた。やっぱり交渉制は面倒くさいなぁ〜。

ニューデリー駅前の食堂街で夕食。ココのカレーは美味でした。食べたかったナンにもありつけたし!!
右はベジタブルカレー。左がチーズカレー。ルーは抜群でしたが、白っぽい物体がチーズ。コレが濃い固めの
豆腐のようで、口に合いませんでした。宗教的理由から、肉を食べない人はタンパク源としてチーズを食べるそうです。


列車・・・本日最後の大仕事です。ホームに列車が到着すると自由席以外の人は、自分の乗る車両を探さなくてはなりません。
20車両位の列車ですが車両番号がない。各車両ごとの扉脇きに貼り出されている乗客名簿から自分の名前を探し、乗車する。
違う車両に乗ってしまうと、列車の構造上、次の駅まで移動ができない。分かってはいましたが、実際大変でした。

ホームに駅員がいないのは予想外だし、当然アナウンスも無い。列車が到着しても、何分停車しているのか分からない。
手分けして名前を見つけ乗り込みましたが、焦りと凄い緊張感とストレス・・・。  もう少し分かりやすくしてよ〜・・・!!

さて、目指すは「バナーラス」、聖なる「ガンジス川」は、私達を快く迎えてくれるのか??


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